第四話

昨日の晴天とは打って変わって、今日は生憎の雨模様。
雲が太陽を覆って光さえ届かない。こんな日は気分まで伏せてしまう。
ただでさえ体調が優れないというのに……。わかっている。私はもう、そう長くはないことを。
昨日突然私の目の前に、死神なる彼が現れてそう告げたのだから。
家の者は祖父の葬儀の準備で出払っていて、家中が静まり返っていた。ひと気のない家……。
そういえば今日、彼は来てくれるかしら。別れ際、彼は返事をくれなかったけれど…。
部屋の中から、灰色に濁った雲が敷き詰める空を見つめる。
こうして空を眺めていると、昨日の事が嘘のよう。でもたしかに、昨日彼はひどく青いあの空に溶けるように消えていったのだ。

空の雲はさらに黒さを増し、ぽつりぽつりと雨が降りだしてきていた。
深雪は外の様子を伺っていて背後の存在に気づかなかった。
「おい」
突然背後から声をかけられて、深雪はドキリと背後を振り返った。
背後にいたのは一人の男。
「…あっ…クロガネ!来てくれたの。ああ、驚いた」
「悪い」
「後ろにいるんだもの」
「うん」
「?…クロガネ…?」
クロガネは手に持っている物を渡すタイミングを逃してしまい、あらぬ方向を見つめていたのだった。
「どうかしたの?」
「あ〜〜、えーと、これ…」
「…あ、野紺菊……」
「この家の裏庭にも咲いてるの見かけたから」
「…裏庭にも咲いてたのね。ふふっ、クロガネありがとう」



深雪があまりに無邪気な子供のように笑うので、クロガネは少し戸惑ってしまった。
これだけの事がそんなに嬉しいのか…?
そもそも俺は、こんな所で何をやってるんだ……。
いや、分かってる。魂を狩る対象である『人間』という生き物に興味があっただけ。
そう、それだけのこと。……それだけの………。

外はいつの間にか大雨になっていた。
深雪はクロガネから貰った野紺菊を、木造の棚の上に置かれていた一輪挿しにそっと挿し、目は野紺菊に、背中はクロガネに向けたまま、ぽつりと呟いた。
「……天国や地獄って、あるのかしら……」
「……ないよ。あるのは冥界だけさ」
「冥界……?」
深雪は興味を引かれたように振り返った。
「死んでしまったら皆魂は冥界へ逝く」
「そう。それじゃあ、冥界でお爺さまに会えるかもしれないのね…」
深雪は軽く微笑む。
「…………。」
「冥界にいったら私たちは消えてしまうのかしら………?」
「いや……、生まれ変わる」
「へえ…生まれ変わりって本当にあるのね」
「ああ。生まれ変わる時期は人によってバラバラだけどな。死んで数年で生まれ変わる奴もいれば、何百年後かにしか生まれ変わらない奴もいる。 まあ、これは極端な例だが。」
クロガネは座り込んで、一息ついて話し出す。
「人間はさ、生まれ育った環境や自分の立場を自分より優れた誰かと比較して、何でこんなにも世の中は不平等なんだ、って言う奴もいるが、 生まれ変わる際の『生まれつく場所』は無作為に決まる。クジのようなものだ。稀に、生前のなにかしらの思いが強いとそれが影響する場合もあるけどな。」
「つまり…、生まれてきて自分自身が何を成すかが重要ってこと…?」
「そういうこと。と言ってもまあ、それが通用しない事が多いけどな。世の中争いが絶えない……。人間は生まれ変わってもまた同じ過ちを犯す。」
クロガネは視線を床に落とした。クロガネの言葉からは重みを感じた。それほど長い時を生き、多くの物事を見てきたのだろう。
「そうね……。でも、面白いわね」
「面白い?」
「だって同じ魂が、生まれ変わっては違う人生を何度も歩むのでしょう?」
「…ああ、でも、うん。面白いな…」
人間は記憶や意識が違えど、何度も生まれ変わっては同じ魂が永久的に命を紡ぐ。
逆に俺たちは死神の掟さえ破らなければ永久的に生きつづける。
なるほど。
あいつの言葉を思い出した。
対照的なものほど近いものはないのかもしれない。

その翌日も俺は深雪に会いに行った。

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