【 第ニ幕 〜見送る魂〜 】 第二話


どうしたら……どうしたらいいんだ……っ
鉗音を助ける為に必死に何ヶ月も研究を積み重ねてきたというのに──…
たった2、3日で鉗音の病を治す方法なんて見つけられるわけがない
もはや僕が思屍人であろうが何であろうが、どうだっていいことだ
鉗音の病気は助かる見込みの薄い病気だからそれなりに覚悟はしていたつもりだったが、まさかこんなに早くその時がくるとは……
「くっ……。」
辰弥はよろめきながら人気のない非常口の近くに来ると、ポツンと置かれた椅子に身体を投げつけるようにもたれ掛かった。
「…心臓をわしづかみされたみたいだ……息が苦しい。…けど呼吸はしていないんだよな……。」
──…そう、心臓・肺の機能は停止しているから、もちろん呼吸はしていない…。それでも呼吸をしているかの様に錯覚するのは、生きていた頃の記憶がこの身体にすり込まれているからなのだろうか。
自分の死んだ身体のことを考え、鉗音の死を想う。
僕はどうなっても構わない。……っだが、鉗音は死ぬにはまだ早すぎる
…なんで…なんでこんな……
鉗音───……

頭を抱えながら苛まれていると、人の気配がこちらに近づいてきているのに気がついた。
でも辰弥にはそれが誰なのか、予測できていた。
近づいてくる足音がぴたりと止むと、壁の向こうからひょいと一人の男が顔を覗かせた。
それを辰弥はちらっと振り向いて確認する。
「…やっぱり、矢野か。」
「こっちだって“やっぱり”ここにいたか、だ。こんな忙しい時に見当たらないから捜してみれば。」
矢野とは大学からの仲であり、この病院の院長の一人息子でもある。
「──…また何かあったのか。お前がこんなところにいる時はだいたいいつもそうだろう。」
辰弥は「なんでもない。」と小さく返答する。
それを見て矢野はため息をつくと、もともとボサボサだった頭をさらに掻き毟った。
「とりあえず今はお前少し横になって休め。ここのところ顔色良くなかったが、今日はさらに酷くなってるぞ。そんな状態で診察されちゃ患者が不安がる。」
「…ああ、すまない。」
返す辰弥の声はひどく疲れきっていた。
…いや、疲れを通り越して生気さえも感じられない。
「……鉗音ちゃんを治したいお前の気持ちも分かるが、お前が倒れちゃ元も子もないだろう。医者なら自分の身体も労わってやれ。」
「そうだな…。」
辰弥はうつむいたまま顔を上げずにいる。
「……矢野。」
「んあ?なんだ。」
「忙しいのは承知で言うんだけど…明日からまる2日間、休みをもらえないかな。」
「明日ぁ?! んな急なっ……。っていうか仕事熱心なお前が休みの申し出なんて珍しいな。なんだ、なんか急な用でもあるのか?」
一瞬辰弥は苦い顔をして「いや。」と否定をした。
「ん?じゃあ…。」
「用、というかちょっと…鉗音のことで思うところがあって…。しばらく側に付き添っていたいんだ。」
「付き添う…鉗音ちゃんを治すための研究じゃなくてか? ここのところ仕事以外のときは研究室にこもりっぱなしだったお前にしては、急な心境変化だな。」
「…2日間じゃ研究の進展の望みも薄いし……(それに今はとてもじゃないけど、仕事が手につく状態ではない…。)」
「……?なんで2日間なんだ。休みも明後日までの2日間欲しいって言うし、やけに“2日間”にこだわるんだな。いったいどうしたんだ。」
辰弥が何かを言いかけ、口を濁すと、矢野はまたかるく溜息をついた。
「どうしても明日からの2日間、休み取りたいのか?」
「ああ、たのむ……っ。」
何かに追い詰められてるかのような必死な眼差しで懇願されては、忙しい現状にあっても、どうにかしてやれないではいられなかった。
「……はあ、しょうがねえ。オヤジに俺から頼んでおいてやるよ。」
それを聞いて辰弥はお礼を言い、少しほっとした様な表情を浮かべたが、すぐに眉間にシワを寄せた。
「何があったか知らないが、言いたくなったら言え。それと、休憩とったらその二日の休みの分みっちり働いてもらうぞ。」




身体は死んでいるのに、ひどく疲れを感じるのは心が疲れているからだろうか。
辰弥は眠気はないが、仮眠室のベッドで横になった。
窓の外ではポツポツとふる雨の音が聞こえる。
(さっきまでは確かに晴れていたのに……にわか雨だろうか。──…そういえば先週傘を置いたまま帰って、持ち帰るの忘れていたな……)
そんなことをぼんやりと思った。
そしてほんのひと時でも“彼女”の言葉から逃れたくて、小さな雨の粒が窓ガラスをたたく音だけに耳を傾けた───…。




「…眠っているみたいだな。」
矢野は仕事の合間に鉗音の様子を見に来ていた。
医者としての務めというのもあるが、なにより友人の大切な一人娘だから。
(とりあえず今は現状維持ってところか。……あいつの方はいつも以上に疲れているというか、何かを恐れてもいたような……)
矢野は鉗音の寝顔をそっと見る。
(…まあ、もし俺の息子がこんな病にかかった日にゃ、俺も今のあいつみたいになってるだろうな…。どうにかしてやりたいが、維持するので精一杯で鉗音ちゃんの病を治療する術が見つかっていないのも事実……。)
「ふがいねぇ…。」
そう自分自身に言うと、吐き出しそうになった溜息を飲み込んで、窓の外に目を向けた。
「お、雨止んだか。」
さっきまで降っていたにわか雨止み、また青空が広がりつつある。
「さて、次の患者が待ってるし、行くか。」
矢野は首を回して肩をほぐすと、病室を出ようとした。
「……せ…んせ……?」
「ん?」
矢野は声の元を振り返った。
「あ〜…鉗音ちゃん、起こしちゃったか。…具合は大丈夫?」
「うん……だいじょうぶ。」
人工呼吸器をつけている鉗音は少し喋りにくそうに言った。
「ねえ、せんせい。」
「なんだ?」
「さっき…つぐねが眠る前にね、お空をおおきな白い鳥さんが飛んでいたの。」
鉗音は珍しいものを見たかのように嬉しそうに話す。
「白い鳥?」
「うん。つぐねよりも大きな…、白い鳥さん。」





死後、6日目の朝───…

鉗音の病室のドアをノックする音が飛び込んだ。
「鉗音起きてる?入るわよ。」
そう言って中に入ってきたのは、長い黒髪のラフな格好をした女性。両手には沢山の荷物が入った紙袋を持ってる。
「朝子。」
「あ、ママ!」
「あら、辰弥も……って今日は仕事じゃないの? 白衣着てないけど。」
「今日と明日は休みをもらったんだ。矢野にはだいぶ無理を言ってしまったけど…。」
「そうなの…。それならそうと連絡ちょうだいよね。──…でもまあ、矢野さんには感謝しなきゃね、ふふっ。」
朝子は辰弥の横にすとんと腰を下ろした。
「鉗音、具合はどう? 苦しくない?」
「うん、大丈夫だよ、ママ。」
それを聞いて朝子は優しげな笑みを浮かべたが、辰弥は軽く目を伏せた。
そんな辰弥に朝子が気づく。
「辰弥、どうかしたの?」
朝子の問いにハッと我に返ると、朝子が顔を覗き込んできていた。
「え、いや…。なんでもないよ。」
「なら、いいけど。朝食はちゃんと食べた?」
「いちおう…。」
「なあに、一応って。もう……。はい、これ。」
朝子は紙袋の中から水色の布の包みを辰弥に渡した。
「弁当?」
「今日仕事かと思って、お昼用に作ってきたの。医者なら朝もしっかり食べて体力つけなさい!」
「ああ、ありがとう…。後で食べるよ。」
「よしっ!」
朝子は満足そうに頷いた。
鉗音がそんな2人を見て小さく笑っている。
「鉗音?」
「うれしいの。パパとママが一緒にいてくれて、つぐねとってもうれしいの。」
「鉗音……。」
「そういえばこうして3人で長くいられる時間も、久しぶりね。私が鉗音の側にいる時はあなたは仕事中だし、あなたが鉗音の側にいてあげられる時間は夜遅くになってからだものね…。」
「そうだな……。」
ここ最近のことを思い返してみれば、矢野が言ってたように、鉗音の病気を治したい一心で空いた時間は研究室にこもりっぱなしだった。 だから病院に泊り込む日も増えてきて、家に帰る日もこのところ少なかったかもしれない…。
鉗音や朝子には寂しい思いをさせていたんじゃないか、と思う。
その分の時間を完全に埋めてあげることはできないが、与えられたこの時間を家族3人でしばらく過ごした。



その頃上総は、病院から遠く離れた上空から地上を眺めていた。
そこに陽気な調子の声がかかる。
「よっ、上総。」
「クロガネ──…。なに、何か用?」
笑顔で声をかけた相手に、上総はそっけなく返事をかえす。
「ん、いや、用ってほどでもないけどさ……。あのさ、お前もうちょっとこう…声をかけてきた友人に対してあいさつとか──…何かないのか。」
クロガネは少し不満そうに両手を組んで言った。
「私ににこやかな表情であいさつでもしろと?」
「いや〜…それはある意味怖い、というか…想像できない。」
「なら今のでいいじゃない。」
「いやさ、“にこやか”を抜いてあいさつだけでも───……まあ、うん。今ので、いいや…。」
クロガネは何かを諦めたかのように同意した。
「それはそうと。いいのか、あの白波瀬って男の側についてなくて。」
上総は病院の方向を眺める。
「今までの経験からいって、肝心なのは最後の7日目。今は大丈夫よ、辰弥さんは。……人は追い詰められた時の行動こそ、その人自身の心を映す。」
「で…、その条件は?」
「“娘の最期を見送ること”よ。」
「……なるほど…。でも、その条件にもウラがあるんだろう。」
「“ウラ”って失礼ね。私を何か企んでる悪い奴みたいに。せめて真意って言ってくれる。……まあ、今回私が出した条件は辰弥さんがある考えにたどり着かなければ、そのまま終わるでしょうけど…。」
「ある考え…?」
クロガネは首をかしげる。
「思屍人は皆強い想いをこの世に残した人達ばかり。でも、強い想いを残した人達が皆思屍人になるわけでもない。なんで思屍人になる人とならない人がいるのかは、今のところまだはっきりと分からないけれど、“確実に思屍人にならない人”の事なら一つ分かっている事があるわ。それが何なのかは、クロガネも知ってるでしょう?」
「それは知っているけど…………ああ…なるほどな。」
クロガネは何かに気づいた。
「なんとなくお前の考えてることは分かったけどさ、お前の出した条件の本当の狙いにそううまくたどり着くのか? 第一その狙いにたどり着いたとしても、思屍人にお前から言わなきゃならないこともあるだろう。今回の条件はずいぶんと回りくどいと言うか…。そのまま2日間過ぎて終わりそうだな。」
「まあ、その可能性が高いわね。」
「ん…? ずいぶんとアッサリしているな。」
上総は少し間を置いて口を開いた。
「最初にあの人と喋った時に、“この人は生き返らせてもいい”と思ったのよ。」
「? だったらそのまま生き返らせればよかったじゃないか。2つめの本当の条件は“屍神に認められること”だろ。思屍人に告げる2つめの条件は、上総がその人間を見るための基準でしかないんだし。」
「……ただ、もうちょっと見てみたくなったのよ。」
「何を?」
「自分の命よりも自分以外の命を優先し、助けたいと強く思っている人間が、どういう選択をするのかを。」
「お前は……。」
クロガネはやや呆れたような顔をした。




「パパ、今日ずっといてくれるの?」
「ああ、いるよ。」
「ママも今日はいれるだけいるからね。」
「うん!」
鉗音は嬉しそうに笑った。
「と、ちょっと飲み物買って来るわね。」
そう言って朝子は病室を出た。
辰弥は朝子の出て行った場所をじっと見つめて立つと、鉗音を振り返った。
「鉗音、すぐ戻るから。」
「うん、わかった。」
辰弥は朝子の後を追って病室を出た。



「ウーロン茶でいいかな。」
朝子は販売機でウーロン茶を2つ買い、病室へ戻ろうと足を進めた時、後を追ってきた辰弥とばったり会った。
「え、辰弥? なに、飲みたいの何かあった?」
「あー…、いや、そうじゃなくて…。」
「………?」
せめて朝子には『鉗音の命が危ないかもしれない。』というふうに言っておいた方がいいかもしれない、と思ったが、面と向かうと言葉に詰まった。
この事を言っても、朝子を苦しめるだけになるのは目に見えてるし、それにもしかしたら自分自身も───…。
「辰弥……?」
眉をひそめた辰弥を見て朝子は心配そうな顔をした。
そんな朝子を辰弥はふわりと抱き寄せる。
「…た、辰弥?! なに、急にどうし…」
「…ごめん」
「え────……。」
「ごめん、朝子……ごめん…。」
「辰弥………」
いったい何に対して謝りたかったのか……
鉗音を救えずにいる事に対して謝りたいのか、もしかしたら自分はもうここにはいなくて朝子一人をこの世に残してたかもしれない事に対して謝りたかったのか…何なのか分からないが、ただひたすらに朝子を強く抱きしめながら謝っていた。
そして人の温もりに触れてみて再確認する。
自分はの身体は死んでいるんだということを───…。





病院内が夕食の時間を終える頃、病室から外を眺めてみると、ここから見える桜の樹は夕日の光を浴びて、薄桃色の花弁は緋色に照り輝いていた。それは息を呑むほど美しかった。

「パパ、外、きれい…?」
「ん?ああ。桜の花もいっぱい咲いていて、夕日もとてもきれいだよ。」
「そうかぁ……いいな…。つぐねも見てみたいな。つぐねは寝てなくちゃいけないから…。」
そう寂しそうに言った鉗音が寝ているベッドの横の椅子に辰弥は座る。
朝子は30分ほど前に先に家へ帰っていった。夕食の仕度や家事など、やることを残してきたからだ。
「……また、パパとママと3人でピクニックに行きたいなあ…。」
鉗音がぽつりともらす。
「そうだね。ママの弁当持って行こう。」
「うん!。」
嬉しそうな顔をして鉗音は返事をしたが、すぐにまた寂しそうな表情に戻った。
「でも、パパ……」
「ん?」
「つぐねのこの病気って、…治る…?」
「えっ──…。」
ドキリとした。止まっている心臓が強く一度動いたかと錯覚してしまうほどに…。
一瞬顔が強張らなかったなかっただろうか。
それを悟られまいと必死で顔をつくる。
「───…ふっ、そのためにパパがいるんだろう。」
「…うん…そうだね。パパお医者さんだもんね!」
真っ直ぐに濁りのない信じきったその言葉が、身が砕かれるほどに痛かった。





時計が8時を回る頃、鉗音は眠りについた。
鉗音が眠ったのを確認すると、寝付くまでずっと握っていた手をゆっくり離して、布団をかけ直した。
「つぐね……。」
辰弥は一人で考えたくて、病室を出て夜の屋上に上った。




屋上に上ると、建物に灯るたくさんの明かりが目に眩しかった。
いつもならそれはただ“きれいな夜景”だっただろう。
でも今の自分には、その明かりの粒一つ一つがこの世に生きている者達の命の光に見えた。
それに春の夜風はまだ冷たい──…。
「……本当にこれでいいのだろうか…。」
昨日、上総と名乗る屍神に自分自身のこと、鉗音の死が迫っていることを告げられ、鉗音の最期を見送れば僕を生き返してあげると言われた。
別に僕自身の生死はさほど頭になかったが、鉗音の死が近づいているのが事実だとしたら、2日間だけではどうにもならない。
だから考えに考えた結果、彼女が言うように残された時間を鉗音のために大切に過ごそうと決めたのだ。
「だが、しかし…。」
鉗音を治したいが一心で生き返った僕に、何をすることもなくこのまま鉗音が死んでいくのを、ただ見ていられるわけがないという思いもあった。むしろ今では、こちらの思いがじわじわと勝ってきている。
鉗音の死までの時間が迫ってきているせいだろうか……。
しかしそんな思いがあっても、今の時点での医術ではどうにもならないという結論に行き詰まる。
その時ふと、辰弥は上総の言葉を思い出した。
「……そういえば昨日、“残酷な方法”がどうとか言っていたな。──…残酷な方法だろうがなんだろうが、明日の午後6時までにどうにかなる方法があるのならば、願ってもいないことだけどね…。まあ、そんな方法があるはずもないけど。せめて、鉗音が僕のように生き返ってくれたなら……──」
その時辰弥は自分の言葉にはっとした。
(───今、僕は何て言った?)
辰弥は今言った言葉を丁寧にたどる。
「…鉗音が僕のように生き返ってくれたなら……。そうだ、鉗音が生き返ってくれたなら、彼女が確実に生き返してくれる可能性だってある。」
しかし、思屍人になる者はそれ相応の“強い想い”が必要らしい。
鉗音がまだ生きていたいと強く、強く思っていたならば──…。
「いや、だけどそれも一縷の望みでしかない。思屍人になれるなど……。でも…───。」
辰弥は夜の空を見渡した。
「彼女は……、上総はいったいどこへ行ったんだ…(僕がいるからそう遠くへは行ってないと思うが…──)」
「おさがし?」
突然の背後からの声に辰弥は声をあげた。
「…君は、人を脅かすのが好きなのかい。」
「ふふっ、ごめんなさい。」
「いったいいつからここに?」
「あなたが屋上にあがってきてからずっとよ。で、何か私に聞きたいことがあるんでしょう? そういう顔をしているわ。」
辰弥は上総にさっき自分が思ったことを話し、鉗音が思屍人になる可能性があるか、もしあるのならそれはどの程度の確立なのかを聞いてみた。
「…鉗音が思屍人になったら、ねえ……。死に際の人の想いは強いものだけど、鉗音はどうかしら…。たしかに思屍人になれば私が生き返してあげられる可能性はなくもないけど…。」
辰弥は真剣に上総の言うこと一つ一つに耳を傾ける。
「でも思屍人になる確率なんてほんの僅かよ。一年で死んでいく人の数のほんの一握り程度。昔に比べ少しずつ増えてきている傾向にあるけど、それでも気の遠くなるような可能性。」
「……そんな可能性でも、今の僕はそれに縋るしかないんだよ…。」
「そう……。けどここまで話しておいてなんだけど、一つ言わせてもらうわ。」
「なんだい…。」
辰弥は訝しむ。
「あなたの娘、鉗音が思屍人になる可能性はゼロよ。」
「な……っ」
上総の言葉に辰弥は狼狽した。
「今さっき君は、思屍人になれる可能性はほんの僅かとか言っていたじゃないかっ。」
「ええ、死んだ人間が事故死や殺人、老衰ならね。」
「え…それは──…。」
「そう、残念ながら病死の者は思屍人にならないのよ。なぜだかね。」
「そんな……っどうにか、どうにかならないのかっ?!」
辰弥は縋るような目で上総に迫り、腕をつかんだ。
「私はなんでも願いを叶えてくれる神様じゃないのよ。神は神でも屍神。私ができるのは思屍人を生き返らせることだけであって、死人を救うことなんてできない。」
上総はきっぱりとそう言うと、辰弥の手を軽く解いた。
「……生き返らせるのは思屍人だけ…。」
辰弥は放心したように上総の言葉を反芻する。
「……病死じゃなければ──…。」
ぼそっと辰弥が小さく呟いたのを上総は聞き逃さなかった。
上総は辰弥から数歩離れると、軽く振り返って辰弥の後姿をじっと見つめた。
(……この考えに、たどり着いてしまったのね……──。)

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