序章
雪降る12月のクリスマスの夜。
街はカップルや家族、大勢の人で賑わい、どこの店もきらびやかに飾りつけをし、どこからか陽気なクリスマスソングがながれていた。
たくさんの店が道沿いを並ぶ一角の広場には、ひときわ目立った大きなクリスマスツリーがあり、色とりどりの電飾や小さな人形、キラキラしたいくつもの飾りつけで、夜とは思えないほどにその一帯は眩しく明るかった。
そのクリスマスで浮ついた雰囲気の街の狭い路地の中から、微かに人の話し声が聞こえた。
街の表面は電飾で照らされ明るかったが、路地の中はその光がほとんど入らず、まるで別世界のように暗かった。
路地の中にいたのは、ひとりは体格のいい三十代くらいの男、もうひとりは小柄な少女のように見えた。
男はひどく何かに怯え、目の前の少女から逃げるように少しずつ後ずさりをしていた。
「おっ、お前いつからそこにいたっ?! しかもなんだっ、そんな物騒な物を持ちやがって。」
少女は抱きかかえるように大きな鎌をぎらつかせていたいたのだ。
「……私は上総(かずさ)。屍神の上総。」
「しにがみ?! 俺の魂でも奪おうってか。お前頭おかしいんじゃねえのかっ。」
「違うわ。私は魂を狩る方の死神じゃない。屍の中にある意志や想いを狩る方の屍神よ。気の毒だけどあなた死んでいるわ。」
「なっ…何言ってんだ、…どういう事だ?!! ふざけたこと言ってんじゃねえっ。」
男は少女の言う事を否定しつつも、頭の片隅で“馬鹿な”と呟く自分に気づく。
そして無意識のうちに冷や汗をかき、呼吸が荒くなっていた。
そんな男を見て、少女はくすりと小さく冷ややかに笑う。
「もう何であろうが、あなたにとってはどうでもいい事よ。できることなら助けてあげたいけど、あなたはもう無理。残念ね…。」
そう言うと少女は男に近づき、鎌を大きく振り上げた。
「ひっ、ヒィィっっ。」
男はその恐ろしいほど鋭い刃から逃れようと、とっさに後ろを振り返ったが、少女はその背後から男をめがけ鎌を振り下ろした。
鎌は目に見えぬものを斬ったかの様に胴体を通り抜けると、逃げようとした足は力が抜けたようにふらつき、男の体はゴトリと鈍い音をたて地面を転がりながら仰向けに倒れた。
少女が鎌を振り下ろした後には真紅の花びらが宙を舞い、地面に落ちると雪のように溶けて消えていった。
「ごめんなさいね。あなたのような人達を野放しにしてはおけないの、……ってもう聞こえないわね…。」
少女はくすくす笑いながらその場を後に消えた。
雪はどんどん降り続けアスファルトを覆っていく。明日までは止みそうにはない。
相変わらずたくさんの人々がクリスマス気分で賑やかな街中を行き交うなか、二人の女子高生もまたその雰囲気に浮かれながら歩いていた。
「じゃっ、私の親には今夜は真理の家に行くって言っといたから、もし真理の家に親から電話かかってきたら巧く言っといてね。よろしくっ。」
「あー、はいはい。わかった、わかった。」
側らに並んで歩いていた真理と呼ばれる女の子は、仕方ないと言う様に返事をした。
「ゆき子は彼氏とデートかあ。私も早く彼氏欲しいなあ。」
「真理は好きな人とかいないの?なんなら誰か紹介してあげようか?。」
ゆき子というもう一人の女の子は、半ば楽しそうに口元を吊り上げながら真理の顔を覗き込む。
「いや、いい。そういうことで友達の世話にはなりたくない。」
「なによう、ひとが親切に言ってあげたのに。」
「なにが親切なんだか。今楽しそうに笑ってたくせに。」
「あ、バレてた?。」
二人はしばらく女子高生らしい恋愛話で盛り上がった。
すると途中、ゆき子は突然足を止めた。
「…ねえ真理、今向こうの路地のところで何か光ってなかった?」
「はあ?何よそれ。」
「ね、ね。ちょっと行ってみよう。なんだか、気になって…。」
「行くって、ちょっと。あんた急いでるんでしょ。私だって友達と約束してるし。」
ゆき子は真理の声を無視して、狭い路地の方へ向かった。
「まったく。」
真理は軽く溜息をつきながら、ゆき子の後からついて行く。
「うわあー、真っ暗。」
「あたりまえじゃない。路地の中なんだから。」
二人は壁伝いで暗い路地の中を進んでいく。横に並んで歩くにはギリギリの幅だったので、真理はあえてゆき子の後ろを歩いた。
「って言うか光ってたものってなんなのよ。何もないじゃない? 早くもどろう。」
と真理が言った時、何か鼻の奥を突くような刺激臭がしてきた。
「何っ?!この臭い……うっ。」
思わず真理とゆき子は鼻と口を手で覆う。
「この辺から臭うような…。」
なおも、ゆき子は一歩前へ進んだ。
するとゆき子は何かで足をつまづき、危うく前へ倒れそうになったところを真理が後ろから掴む。
「大丈夫?」
「う、うん。今何かでつまづいて。足元に何かあるみたい…。なんだろう。」
「ケータイの明かりで足元照らしてみれば?」
ゆき子は真理が言ったように、スカートのポケットから携帯電話を取り出して、足元を照らしてみた。
携帯電話の画面から漏れる頼りない光の先にあるものを見て、ゆき子は手足が強張り硬直して動けなくなった。
黙ったまま動かないゆき子を訝しんで、真理は後ろから覗き込むようにゆき子の足元を見た。
「何?どうしたの……ひっ。」
真理は眉をひそめる。
ゆき子の足元にはまるで糸を切られた操り人形の様に、男がゴロリと横たわっていたのだった。
その顔に色はなく、目は酷く恐ろしいものでも見たかの様にギョッと見開き、その眼球は動かぬままじっとゆき子たちの方を指している。そして血色のない青ずんだ白い唇からは、真っ赤な舌がダラリと力なく垂れていた。
それからさっきから臭うこの吐き気をもよおすような刺激臭は、この男からのものだったのだ。
二人はなぜだか、この倒れた男から“普通”ではないものを感じ取り恐怖が頭を横切る。
ゆき子の手は震え、携帯電話に必要以上に付けたストラップが震えに合わせながら揺れ、音を鳴らす。携帯電話の画面からはいつの間にか光が消えていた。
ゆき子は血の気の引いた蒼白い顔を、ゆっくり首を捻じりながら真理に向けた。
「…ねっ、ねえ真理……この人…まさか死んでいるの………?」
ゆき子の声は明らかに震えている。
真理は恐怖のあまり両手で顔を覆った。
クリスマスで賑わっている街の中に、その雰囲気をぶち壊すかのように二人の女子高生の悲鳴が響き渡った。
時刻はもうすぐ8時を回ろうとしている。
悲鳴が聞こえて15分ほどしてからだろうか。陽気なクリスマスソングはパトカーのサイレンへと変わった。
近くを通行していたサラリーマンの男性が女子高生の悲鳴を聞き警察に通報したらしい。
一台のパトカーから慌ただしく出てきたのは、小太りでいかにもベテランといったような中年の警察官と、まだどこか頼りない二十代半ばくらいの若い警察官だった。
警察官は通報にあった女子高生のもとへと駆けつける。
うつむく二人の女子高生の横には、買い物帰りで紙袋を腕に提げた中年女性が、二人をなだめるように話しかけていた。
先に駆けつけた中年の警察官は女子高生に死体の場所を聞くと、後から追いかけるように駆けつけた若い警察官に事情聴取を頼んで、路地の中へ懐中電灯を照らしながら入って行った。そこに男の死体を確認して、ポケットから白いハンカチを取り出して鼻を覆い、膝を折ってまじまじと見る。
「…ひどい腐臭だな……(調べてみないと詳しくは分からないが…少なくとも一週間は経っている……)」
何かを考え込み、眉間にしわを寄せると、中年の警察官は路地を引き返した。
明るい街中に出ると、ハキハキとした声で呼び止められた。
「あ、吉田さんっ。事情聴取終わりました。」
若い警察官は、中年の警察官のところへ駆け寄る。
「渡辺。」
「あっ、はいっ。」
若い警察官は名前を呼ばれピシっと背筋を伸ばした。
「…署に連絡だ。」
辺りに不穏な空気が流れる。
「あ〜、クリスマスの夜に野郎だけでパーティーかよ。」
そう言ったのは、街中を歩く男5人連れの中のひとりだった。
「それを言うな…。悲しくなるだろ。」
と、横から返事がかえってくる。
歳は5人とも高校生くらいのようだ。
「だって周りを見てみろよ、透(とおる)。どこもかもほとんどカップルだらけだぜ。」
「隆志(たかし)…だからそれを言うなって。」
透はうなだれながら言った。
「高木のやつは今日彼女とデートらしいぞ。なんであいつに彼女がいるんだ!?俺の方が男前だろ!ムカツクっ。ムカツクから明日高木に何かおごらそうぜ!。」
誰かが隆志の意見に賛成、と手をあげながら言うと、他の二人もそれに同意した。
「おいおい、お前ら…ほどほどにしとけよ…。」
透はあきれながら言ったが4人とも聞いていないようだった。
しばらく歩いていると、途中で歩道をたくさんの人が塞いでいたので透達は立ち止まった。
「なんだあ?この人だかりは。」
「あれじゃない。」
透は車道の脇に止めてあるパトカーを指す。
「ああ、…事故でもあったんかな。ってことは、この人だかりは野次馬か。お前らちょっとここで待ってろ。」
「はっ?!」
隆志は止める間もなく野次馬の中に入り込んでいった。
「お前も野次馬かよ…。」
透は再びあきれながら、隆志が戻ってくるのを待った。
そしてしばらくして、隆志が人の間を掻き分けながら戻ってくるなり「死体だ。」と言ったので、透達はぎょっとした。
「なんかよく分かんねえけど向こうの路地で人が死んでるって。」
「死んでるって、って。……殺人…?」
透は恐る恐る聞く。
「ん〜、でも刺し傷とか出血はないって警察の人が言ってるの聞こえたから…。」
「じゃあ病死とかかな。」
「でもなあ、死んで最低でも一週間はたってるって言ってたぞ。」
「それも警察の人が喋ってるの聞いたのか?」
「いや。若い警察の兄ちゃんに聞きだした。」
透はまた隆志の行動にあきれたが、それよりも隆志の言った事が気になったので、どうでもよくなった。
「最低一週間って…。じゃあこの一週間以上誰も死体に気づかなかったってのか?変じゃないかそれ。だってここって昼間も人通り多いし、路地ったって明るくなれば通り際に路地の中見えるだろう。」
「だよなあ…。」
隆志は腕を組みながら頭をひねらせる。
それに、と透は話を続ける。
「向こうの路地の隣ってレストランだろ。あの路地とレストランの厨房って繋がっていて、ゴミは路地に置いてあるゴミ箱に捨ててるんだぜ。レストランの従業員が誰も気づかないなんてあるのか……?」
透がそう言うと、隆志を含めた4人が一瞬しんとしてしまった。
「あ〜っ、やめやめやめ。この話やめっ!鳥肌がたってきちゃったぜ。」
隆志は両手で腕を摩る。
「お前が野次馬してきたんだろ。」
「それより早く透の家でパーティーにしようぜ。外さみーよ。室内入って早く暖まりて〜。」
透は「そうだな。」と言うと、家に向かおうと、野次馬で集まった人達の横を通りぬける。その時に透はぴたりと足を止め後ろを振り返った。
「………?」
途中後ろからついて来ていない透に気づき、隆志は透を呼んだ。
「何してんだよ透、早く来いよ。」
「ああ、うん。……ねえ、今鈴の音しなかった…?」
「鈴ゥ?!別にクリスマスなんだから鈴とかベルとかの音がどっかから聞こえきても不思議じゃねえじゃねえか。それがなんだってんだ。」
「いや、なんてゆうか…異質な音に聞こえたんだよね。」
「お前の言ってることワケわかんねー。行くぞ。お前が来なきゃ家に入れないだろ。」
「うん……。」
チリリン チリリン 冷たく悲しい鈴の音が鳴る
白い雪は何かを弔うかの様に振り続け
喪服のような黒い着物を着た少女は 鋭利な鎌を抱きかかえながら街の中を通り抜ける
でも誰もその少女の姿が見えていない
人々は誰も気づかない まだ誰も知らない
『屍神』というものの存在を…
